普段起こる出来事からヒット商品を探し出していきます。 略して”ヒットを探そう!流行サイト”へようこそ!

menu

ヒットを探そう!流行サイト

三国時代の人口はどれほど!?

中国
三国志の時代の人口って!?

 

「三国志」の時代は常に戦争の連続だった!

その場にいない私でさえ、
当時を想像するだけでも
かなりの人が亡くなっていた事は分かります。

もちろん当時の人口も少ないだろう…
…というのも自ずと想像がつくわけです。

 

では…

三国志の時代の人口は
果たしてどれくらいだったのだろうか?

…ふと気になる疑問なのです。

 

「三国志展」…上野の東京国立博物館にて
先日行った「三国志展」でも解説されていて、
もちろん私的に非常に気になったネタだったのです。

では「三国志展」では
どう解説されていたかというと…。

 

 

・・・

 

「三国志展」の図録
… ”三国時代の人口は約767万人!!

※263年頃の人口です。

基本的に人口は戸籍などに登録された合計人数を言いますが、
でも当時は戦争が多かった時代だけに
正確な人口統計は望めないとされています。

それでも
かなり少なかったというの確かな様です。

この767万人という人口も頷ける数字ですね!

 

今と昔を比べるのもなんですが、
この数字は今の日本の人口の約15分の1ほど…。

国土で比べても中国は日本の約25倍はあるので、
当時の人口がかなり少なかったのが分かりますよね!

 

問題! …考える
でも私が気になった事は
この少ない人口だけではないのです。

なぜここまで人口が少なかったのか?”という理由です!

実は今回の「三国志展」では
三国時代周辺の人口の推移”が載っていたのですが、
ちょっと気になる数字が

 

実は後漢の時代(約2世紀中ごろ)は
約6000万人近くの人口がいたとされています。

それが三国時代(3世紀中ごろ)では
1000万人にも満たない人口に減っているのです!

 

問題! …考える
人口が約6分の1まで減少している!

これって凄い減り方だと思いませんか??

というか、
異常すぎる減り方だと思いませんか??

 

もちろん
戦争の時代だからという理由もあるでしょうが、
それでもこの減り方は尋常じゃないほどです。

実はこの理由を裏付ける
こんな気になる解析結果があったのです!

 

・・・

まだ研究段階でもあるそうですが、
過去の花粉や種子を分析した結果や
気候に関する記録を分析した結果から~

当時の年間平均気温は今よりも1度以上低かったそうです。

つまりは三国時代は”寒冷期”だったというのです。

一般的に平均気温が1度下がると
植物の生息期間は1ヵ月短くなると言われているそうです。

現代ではハウス栽培などで
多少気温が低くてもある程度の食物栽培は出来ますが、
当時はそんなハウスなどはなったはずですよね。

 

・・・

「三国志展」の図録
つまり三国時代の人口が767万人と少なかったのは
単に戦争による理由だけではなかったのです。

寒冷化による不作も大きな要因だった!という事。

 

問題! …考える
こういった当時の環境を知ると、
より三国時代の厳しさがヒシヒシと感じられますね

一般的に戦争時は兵糧が特に大事とされていたと言います。

そんな寒冷期だった当時では、
なおさら兵糧が大事だっただろうな~と思いますね。

 

さて、
こんな感じで当時の人口もある程度分かってくると、
一般的に知られている「三国志演義」の数字が
いかに大げさだったのかが分かってくると思います。

例えば
三国志で一番大きな戦で
「赤壁の戦い」という戦がありましたよね!

 


この時の互いの兵士数はどれくらいかというと…
ちょっとでも三国志を知っている人なら、
説明しなくても分かると思いますが、
正史と演技では全く数が違うのです。

 

ちなみに
一般的に「三国志」は正史の1つと数えられているもので、

中国の歴代王朝の歴史を伝えた歴史書を指しています。
(より事実に基づいている書物なのです。)

対して「三国志演義」は
史実と創作を織り交ぜた小説版で、
こちらの方はある程度の歴史的流れに沿ってはいるものの、
小説なので大げさに書かれている事も多いのです。
(日本では演義の方が馴染みが深いかもしれませんね。)

 

問題! …考える
赤壁の戦いの兵力で見てみると、
三国志演義」では曹操軍は100万

対して「正史」では曹操軍は約20万人だったと言います。

「赤壁の戦い」時の兵力を比べても
実はここまで大きな違いがあるのです。

 

当時の人口が魏・呉・蜀の3国合計で767万人。
確かに魏は3国で特に人口も多かったとはいえ、
それでも魏の人口は450万~500万ほどと言われています。

そんな魏の人口で
100万人の兵士数はありえないですよね!

演義ではかなりの大げさなのが分かると思います。

確かに「三国志演義」は小説なので、
面白く迫力あるためだったというのも分かりますが。

 

問題! …考える
とにかく私にとって「三国志演義」は、
”三国志”を好きにさせてくれたきっかけの1つ!です。

これはこれで面白いので、
私にとっては許せる数字ですけどね!!

 

 

関連記事

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

月別の投稿記事は?

2019年8月
« 7月    
 1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031